道はひとつではない?生きるためには状況対応&妥協もアリ

もうずいぶんと前の話ですが、当時の友達に言われたことがありました。

「環境に適応できるものが生き残るんだよ」って。



私は状況対応が苦手です。

心の柔軟性も低いので、問題解決のための創意工夫も不得意なのでしょう。

ワンパターン、うまくできても2パターン程度の持ち駒しかなく、それも「白か、黒か」ですから……


「その状況に応じて自分を変える」

これがわりと得意な人と、不得意な人がいます。

私は後者です。

でも、これも意識して自分を変える努力により、カバーできる部分も少なくないと思うのです。


例えば、料理。

「カレーには絶対に豚肉!」ってワンパターンを決め込んでいると、「あっ、豚肉を買い忘れた!」などのアクシデントにパニくってしまいがち。

けど、「肉は無くてもいいか~」「ハム有るからハム入れちゃうか~」など、柔軟に対応できたら、パニックにはなりにくいでしょう。

「カレーには絶対に豚肉!」というように、「道はこれしかない!」とする「決めつけ」があると、生きることが苦しくなりやすいです。

ですので時には柔軟に、いつもの自分のやり方を諦めたり、別のもので代用するなどの工夫をしたりして、いつもの自分と違う選択をすることをオススメいたします。

そういうのを「妥協」なんて言い方もしますよね。


もちろん、「こだわり」として「カレーには絶対に豚肉!」という方は、それはそれで全く問題ありませんが(笑)


私は今日、朝から部屋の模様替えをしていました。

なぜって、パソコン部屋が寒い!

でも、電気ストーブ代をケチりたい(笑)

しかし、夏は涼しくて、パソコン画面に光が映りこまない北側の部屋が、最も作業がしやすかったのです。

が。 結局、お金のために、「妥協」しました(笑)

暖かい南側の和室にパソコンを移動させることにし、そのためにいくつもの家具を移動。

冬の間は、ここでパソコン作業することにします。

部屋を移動しても使えるノートパソコンがあれば、何も問題無いのですがね~

電気ストーブ代さえもケチっているので、ノートパソコンなんて尚更買えません(笑)


「道はひとつしかない」という生き方には、当然、メリットとデメリットが存在します。

ですから、私の当時の友達の言葉のように、「生き残るため」には、その場に応じた柔軟な対応、自分を変える覚悟も必要です。

仕事や職場、コミュニティの中などでは、ある程度の「妥協」は仕方ないな、と。

自分の中の優先順位の低いものから手放していくと、いいと思います。

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【生きるのが辛い貴女の心に届ける 心の「枷」を外す鍵】

ブログのタイトルを変えました。

「私にしかできないこと」「私だからできること」に、気づいたからです。

ここ最近のブログネタは、仕事やお金、人間関係のことばかり。

そして、そこには「怒り」や「不満」や「不安」が存在するだけでなく、「悪意」さえも伴うネガティブなものでした。

それらのネガティブなものを作っていたのが、自分が子供の時から使ってきた処世術にあることに改めて気づき、タイトル変更に至ったのです。



私は家族の中では「異質」な存在で、親たちから理解されず、認められず、受け入れられずに育ってきた人間です。

親たちにとっては、「扱いにくい子供」でしかなかったのでしょうね。

父親は私を暴力によって支配しようとし、母親は自分に起こる都合の悪いことを「厄病神」だとして私のせいにし続けてきました。

ですから、家には、私の居場所はありませんでした。

でも、親から愛されたい、寂しかった子供の私は、親の前で私なりの処世術を使うようになったのです。

それは、「自分を殺して相手に迎合すること」でした。

親に好かれるためには、「私」という存在を殺す必要があった。

「親にとって都合のいい子供」「親の期待に応えることができる子供」になれば、親から愛される子供になれると思っていたのです。


そしてその身についた処世術は、社会に出てもフル活用。

どこに行っても居場所がない。

誰からも理解されない、疎外される。

それは、社会に出ても変わらなかったからです。


ですが、家でも社会でも、処世術を使う裏で「殺された自分」が黙ってはいない。

「本当の自分を表現できない不満」は「怒りの炎」となって、自分でもコントロールできないほどの烈しさで周囲を焼き尽くす。

そして、焼野原となった事後を見て、私は、自分が失ったものの大きさに驚き、傷つき、自分を責める。

そんな繰り返しをしてきた人生でした。


しかし、うつ病を病んだことで、自分の人生と正面から向き合うことに……

その結果、「生きるのが辛くて苦しいのはなぜか?」が、ハッキリしたのです。

それは、「親に愛されたかった子供の私」が選んだ処世術のせい。

「自分を殺して相手に迎合する」という行為の副作用。


ですが、一度身に着けてしまった処世術は「習慣」となり、そう簡単には直すことができないことも、また現実なのです。

ですから私は、自らを実験体として扱い、この悪しき習慣を断ち切ることを目指しています。

そして、「自分を殺す」のではなく、「自分を大切にする」ことができる人間になる。

自分を殺さなくても、社会で生きていけるんだ。

そのままの自分、自然体の自分でも生きていけるんだ。

そう、身を持って気づける日が来るまで、この挑戦は続けます。



まだ完全体ではありませんが、今まで得てきた知識や知恵を、メンタルケアの仕事を通じ、また、こうしてブログを通じて、私と同じように「辛くて苦しい人生を生きている人」を応援するために使いたいと思います。

そして、少しでも先を歩けるよう、日々を出来事を、気づきと学びに変えていきたいと考えています。



生きるのが辛くて苦しい人たちは、心に「枷」をはめています。

自分で自分を縛り、自由を奪い、絶望を多く感じるでしょう。

でもそれは、あなたのせいではない。


私の経験が、私の知識が、私の言葉が、誰かの心の「枷」を外す『鍵』となれますよう、今後もブログを綴ります。

心の「枷」を外す鍵を手に入れて「自分らしい人生」へのスタートがサポートできることが、何よりの喜びです。

「ここを辞めたら次が無い」から会社を辞められない?

先日、働いていた職場を辞めたいことを親友に話していて、親友にこう言われました。

「緋呂子さんは、『ここを辞めたら次が無い』って思ってるでしょ?だから辞められないんでしょ?」と。

図星でした。

これ以上の図星はないというくらいの図星でした。

ドキッとしたし、ハッとしました。


そうなんです。

私は10年ほど前にうつ病になったのですが、その時の思考が、まさにこれでした。

当時の私は40歳目前で、某派遣先にてCADオペをしていたのですが、「40歳を越えたら仕事(派遣先)がない」と勝手に考えていて。

職場のストレス源を何とかしようと自分なりに動いてもダメ。

結局は自分のエネルギーを「ガマン」という形で使う日々だったのです。

その時、毎日毎日、呪文のように繰り返していた言葉が、「ここを辞めたら次が無い」だったのでした。

でも実際は、うつ病になって派遣先を辞めてから、わずか2ヶ月ちょっとで、別の派遣会社から仕事の紹介が。

しかも、時給が100円以上も高かったし、結果的にCADのスキルアップもできた職場でした。


親友の言葉をきっかけに、当時のことを思い出した私。

……そうだ。

「ここを辞めたら次が無い」のではなく、

「ここを辞めるから次がある」んだ……

と、言葉を言い換えた……



複数の仕事を掛け持ちしている人はたくさんいます。

平日にメインの仕事をしながら週末にアルバイトに行ったり、私のようにライフワークとして収入を得られるものを持ったり、お金を稼ぐために仕事を掛け持ちすることは決して珍しくありません。

でも、メインの仕事だけで生きる人にとっては、現状働いてる職場を辞めてから次の職場に就職するわけで。

体はひとつしかありませんので、同時に2か所の会社に存在することは無理。

ひとつの会社で働くことを選ぶなら、その「ひとつ」を選ばないとならないのです。

私は、「ここを辞めたら次が無い」として他の会社を選ぶことができずにいた結果、うつ病になりました。

そして、その「意識」がいまだに続いていて、「問題」もいまだに解決されていないのだと痛感させられた……


なんだかんだ言っても、やはり、「引き寄せ」なんですよね。

被害者意識がある人は、加害者を引き寄せる。

先日辞めた職場の上司に「万全の状態でないなら来ないでください」と言われたのも、「お金のためには具合が悪くても会社を休めない」と日頃から思ってる私の意識が、引き寄せたものだと思っています。


親友には、さらにこう言われました。

「仕事とお金を天秤にかけちゃダメだよ」って。

この辺も、私には無い価値観でした。

「仕事を辞めるとお金が入らないから困る」と思うから、仕事を辞めることがでいない。

でも、「天秤にかける」のは、「仕事」と「お金」ではないと、彼女は何度も繰り返しました。

天秤にかけるのは、「仕事」と「自分の体(健康)」なんだと。



私と親友は、私がメンタルケアの仕事をする前に通っていた某セラピースクールで出逢いました。

そして、2人とも同時期にフリーランスとして活動を開始しました。

それからずっと、同業者としても関わり続けてきたのですが、彼女は活動直後から変わらず言っていることがあります。

それは、「お金は後からついてくる」です。

お金を目標にしてライスワークを選ぶ、働くという私とは、価値観が違う。

彼女は、何であっても「相手」との「相性」がとても大切であり、そこがネックになると知っている人。

「お金のための仕事(職場)はガマンと努力が当たり前」とする意識しかなかった私にとって、彼女の存在は特別なものなのです。

その彼女のおかげで、今回も私は、自分を縛っていた意識を手放すことができました。



「ここを辞めたら次が無い」

ではなく、

「ここを辞めるから次がある」

です。


「今」から「未来」を見て動くこと。

そこでのポジティブな意識が、次の「もっと良い」仕事や職場を引き寄せることでしょう。

マイナス要因が多い職場や人間関係に、自分のエネルギーを使わない

最近、心から納得したことがあります。

それは、「自分のエネルギーの使い方」です。

この「エネルギー」とは、自分自身の「意識」「労力」「お金」など、自分が持っているもの全て、だと思っていいと思います。

結論から先に言うと、

「自分にとって価値がないものに対して、エネルギーを使わない」

ということになりますか。


先日、親友とこんな話をしました。

「辞めたいって思うような職場って、すでにマイナス要因が多いってことなんだよね」って話。

考えてみてください。

「好き」や「楽しい」がある仕事、職場って、「辞めたい」って思いますか?

そりゃあ誰だって、一度や二度の「辞めたい」は経験するのでしょうけど。

問題は「辞めたい」が「継続するかどうか?」なのですよ。


心身のダメージは、=マイナス要因です。

「辞めたい」と思うような職場には、そのマイナス要因が多く、そのマイナス要因は無くならないことが多い。

そのため、マイナス要因=心身のダメージとして、「蓄積されていく」ことになります。

「辞めたい」と思う職場で使うエネルギーは、「ガマン」や「諦め」「惰性」です。

そのエネルギーは、ネガティブなもの。

そんなエネルギーが、自分を幸せに導いてくれるでしょうか?


「愛が動機の行動は愛を生み、不安が動機の行動は不安しか生まない」

これと同じです。

私はここ最近の自身の体験から、ネガティブなエネルギーは抱えることも発することも「損なこと」だと、心から納得できました。

職場のマイナス要因をカバーするために使う「ガマン」というエネルギーは、心身へのダメージですから、それが蓄積すればどうなるかはちょっと考えれば分かることでは?


それは仕事や職場だけでなく、人間関係も同じです。

行きたくもない、職場の忘年会、ママ友のランチ会、合コンなど、疲れますよね?

行きたくない、気乗りしない、でも、「付き合いだから」などの理由で参加する。

そして、払いたくもない会費を支払い、楽しくもない時間を過ごし、「は~。疲れた」って?



私たちには、「選ぶ権利」があります。

仕事も、職場も、人間関係も。

そして、自分のエネルギーをどこへどう使うのか?も、選ぶことができるのです。

もちろん、「辞めたい」と思う職場を自ら改善できるよう動いて変えることができるなら、何の問題もありません。

ですが、「相性が悪い相手」とは距離を置く方が利口でしょうし、相手を変えようとするよりも自分が変わることの方が楽。

結局、自分のエネルギーを「ガマン」という形で日々放出してしまって、本当に限界が来て職場を去る時、エネルギーはどれだけ残っているのでしょうか?

うつ病などで「強制終了」の日が来てしまったら、次の職場を探すエネルギーも残されていないのです。

マイナス要因が多く、心身のダメージが大きな職場や人間関係は、しょせん、長続きしないもの。

「ガマン」など、そう長くは続きませんよ。

ですので、エネルギーを使い果たしてしまうような極限まで、自分を追い込まないことが必要です。


いつもポジティブなエネルギーに満たされていることを意識し、ネガティブなエネルギーは手放せるよう、マイナス要因が多い職場や人間関係とは早々にサヨナラしたいものですね。

職場のストレスから自分を守るための境界線は

直前の記事で、某会社を3日で辞めたことを書きました。

私はこのことがきっかけとなり、今まで見つけられなかった「自分なりの答え」を見つけることができたのです。


「会社を辞めたい。でも、辞めたらお金(収入)が無くなる」

そう思って会社を辞める決心がつかない人は、多いはず。

私もその一人でした。

「お金」か?「体(健康)」か?と散々悩み、葛藤して、そのせいでさらに眠れなくなるという、悪循環を繰り返して生きてきました。

ですから、今回も悩みました。


ですが、そんな私を救ってくれたのが、親友の存在だったのです。

実はこれも偶然にか、必然か。

私の親友も以前、私が今回働いた職場と同じ業界で働いたことがあったのですよ。

しかも、彼女の場合は私より少なく2日でリタイヤ(笑)

そしてその時、彼女にその職場を辞めるように説得したのは私でした(笑)


彼女はとてもエネルギッシュな行動派。

その見た目の華奢さからは想像しがたいほど、常に動いている人です。

なのに、その職場に出掛けた日、彼女からのメールには「疲れた」の文字が……

それを見て「ん?」と思った私。

「疲れた」なんて言葉を、彼女から聞いたことなどありませんでしたから、ちょっと変に思ったんですよね。

すると次の日も同じく「疲れた」というメールが。

そこで話を聞いたところ、今回の私と似た状況で、心身共に疲れてしまっていることが判明。

それでも彼女は、「明日も会社に行く」というので、私は止めたのです。

「そんな職場、辞めちゃいなよ」と。

激しく説得し、ようやく辞める決心をしてくれた彼女は、次の日の朝、職場に連絡をして辞めたわけです。


この経験から彼女は、今回の私のストレスをよく理解してくれましたし、自分がそこで気づいて学んだことをシェアしてくれたのでした。

私はいつも、悩みます。

ストレスを感じる職場を、辞めるか?続けるか?

辞めるとしたら、いつ辞めるのか?

「どこで線を引くか?」が分からずに、いつも「逃げ遅れて」はひどいダメージを喰らってしまうのです。

私の親友は、2日で辞めたその職場に対し、こう思ったそうです。

「自分が苦手なことをさせられている」と。

今回の私も、全く同じでした。

「この仕事は私には向いていないな」と思えたのは、やはり、「自分が不得意なことをしなければならなかった」からなのです。



親友の話を聞き、自分の経験と重ねて考えることができた私は、ここで自分の「線を引く場所」を決めることができました。

★ 精神的・肉体的に苦痛を伴う、自分の能力を大きく越えている業務を要求されている

★ 自分がやりたいことと大きくズレている

この2つのどちらかでも発生した場合は、迷わずその職場を辞めよう、と決めたのです。


お金をもらうための仕事ですから、妥協も努力も必要でしょう。

スキルアップのためには、自分の能力の限界に挑戦しなければならない時もありますね。

ですが、「心と体の健康」を害してまで得なければならないものって、本当にあるのでしょうか?


「人にできることが私にはできない」

私はそう言っては自分を裁き、自分を責めて生きてきました。

私は無能で、価値のない人間だと。

でもね、同時に、「人にできないことができる私」も存在するんですよ。

だから、職場において要求されることが「できない自分」を、もう、絶対に責めないと決めました。



人間は変化する生き物です。

その能力も価値観も変化します。

ですから、「今の自分の能力」「今の自分の価値観」「今の自分の事情」を基準にして考えればいい。

能力だけでなく、抱えている事情も、人それぞれです。

性別、年齢、健康状態、家庭の事情、家族の事情などなど、色々ありますね。

それらのものを全てひっくるめて考え、「自分にできること」を選んでいけばいいのだと思います。


例え一時のことだからと、自分の何かを犠牲にしても手に入れたいものはあるでしょう。

けれど、あとになってその犠牲の大きさを後悔することになっても、遅いのですよ。

大事なのは、「今働いてもらえる給料」ではなく、「来月以降の給料をもらうために働ける自分自身の体」です。

その体を守るために、合わない職場を去る勇気を持ちませんか?

その勇気はきっと、手放したもの以上のものを引き寄せるのだろうと、私は信じています。

最短期間更新ならず(笑)今回は3日で仕事を辞めました

これはもう、私の話です(笑)

実は今月に入ってから、とある会社にアルバイトに行ってました。

サービス業なのですが、私はそこのシステムへのデータ入力と、電話応対、お客様のお茶出しが仕事。

社員は女性3人で、全員が20代。

3人とも明るく快活で、仲良しで、人間関係の良い職場に入れたと、私は喜んでいたわけです。

ところが、現実は想像と全く異なっていました。

確かに、3人は仲が良く、若い女子らしくお喋りする姿がほほえましいな、と最初は思ったのですが。

彼女たちの会話のメインは、「お客さんの悪口陰口」だったのです。

その激しさに私は引きましたよ。

怖くなりました。

私もこうして買い物した先で悪口陰口言われてるのかな?と思うと、怖くて買い物もできないぞ、と。

そして彼女たちは、自分たちだけで会話し、同室で隣に座っている私などいないかのような扱い。

もちろん、自分の母親くらいの年齢のおばさんとは話も合わないでしょうと、私も最初から期待はしていませんでしたが、その無視っぷりにはガッカリ。

男性客に対してはハイトーンで笑顔で接するくせに、この裏表ってなんなの?

女って怖~…と。


まぁ、辞めた理由は、その程度のことではありませんでした。

まず、仕事の内容そのものが合いませんでした。

ひとつのことに集中して作業したい私にとって、データ入力しながら電話取ったりお茶出ししたりは、負担だと分かったのです。

しかも、お茶出しして茶碗洗ってを繰り返したせいで、初日から手がカッサカサになり、ハンドクリーム塗っても間に合わない。

何より辛かったのは、データ入力するためのデスクと椅子の高さが私に合わず、首と腰が痛くなってしまったことでした。

私は長年CADオペとして働いてきて、パソコン操作をするための環境がとても大切だということを知っています。

体に合わないデスクや椅子は、パフォーマンスを下げるだけではありません。

でも、そこの職場は、接客カウンターでのデータ入力を要求されていて、「デスク」でさえもなかったのです。

そのせいで初日から頭痛が始まり、頭痛薬を飲まないと出勤できない状況に。

さらに、自分の個性に合わない仕事をすることのストレスが加わり、夜、眠れなくなってしまいました。

職場に会話できる人もいない、無視されてるような孤独感を味わい続けている、仕事にも慣れないから失敗する……


仕事開始から4日目の朝、私は「仕事に行きたくない」と思いました。

体調もすこぶる悪く、寝不足から風邪をひいた様子。

でも、休めばお金がもらえないし、休んだことで迷惑を掛けるし、陰で悪口言われるのも嫌だな、と考え、頑張って出勤しました。

が、やはりどんどん具合が悪くなり、耳鳴りも強くなってきて、電話の相手の声がよく聞き取れない状態になってしまったのです。

なので仕方なく、上司に「早退したい」と申し出たのですが……



驚きました。

生まれて初めて、あんな風に言われました。

「万全な状態でないなら、来ないでください」

こちらは体調が悪いと言っているのに、それに対して心配したり労ったりする様子は全くない。

それどころか、「具合が悪い様子でいられると、そんな具合が悪い人を無理に使ってると思われます。ここではルールがあり、咳が出る場合はマスクをして仕事をしますが、それは社員の場合で、パートさんにはそこまで求めていません」と。

「万全の状態でないなら、来ないでください」と繰り返し言われる始末。


私は思いました。

確かに、その上司の言ってることは正しい。

でも、モノには言い様ってものがあるし、「具合が悪いから帰りたい」と言っている人間に、今ここで説教するか?と。

「なんて優しくない人なんだろう」

お客さんに対しては感じが良くて、組織のリーダーとしても優秀で、その容姿も良い。

しかし、「人間としての部分」はどうなんだろうか?

自分の会社のルールやスタイルを主張する前に、目の前の「具合が悪いから帰りたい」と言っている部下に寄り添う「心」はないのか?


私は悲しくなりました。

そして早退し、泣きながら運転して帰りました。

あんな風に扱われる職場は、もう辞めたい。

でも辞めたら、無収入になってしまう。

とりあえず、その翌日も、仕事は休みました。

けれども……

結果的に私は、この職場を辞めたのです。

まともに働いたのは3日間だけ。

辞めるにあたり、自分と向き合って自分の中の答えを模索しました。

それは「お金か?健康か?」と、激しく葛藤することでもありましたが。

私は悩み抜いた末に、「健康」を選びました。


この心の葛藤のことは、この次で書きたいと思います。

自らがコミュニケーションリーダーに! ~愛猫から学んだこと

私の猫ちゃん、現在11歳。

一番最初に飼った猫は茶トラの子猫でしたが、数か月間一緒にいられただけで、子猫のまま虹の橋を渡ってしまいました。

次の猫は三毛猫で、17年間共に生活し、私の人生に大きく関わった猫でした。

そして今度の猫は、キャッテリーさんから購入したラグドール。

白くてふわふわした猫が欲しくて探していたところへ、ネットで見て一目惚れ。

県外まで車を飛ばして迎えにいった、愛猫です。


が。

我が家に連れてきた直後から、ひどい下痢。

下痢はなんと2か月間以上も続き、その間、私は本当に心を病みました。

それに凶暴で、威嚇したり噛み付いたり。

自分の飼い猫に「シャー」されたことなどなかった私は、もう、どうしていいのか分からなくて。

白くてふわふわした可愛い猫が欲しくて手に入れた理想通りの存在なのに、なぜ?

「この子とどうやって生きていったらいいのだろう?」と、真剣に悩んだのでした。

「シャー」されるから、怖くて近寄れない。

抱っこしたくてもできない。

先住猫の三毛猫は自立していて賢い猫でしたし、猫パンチすらいただいたことがありませんでした。

常に傍らにいて、布団の中に潜ってきては一緒に寝ていたのに。

ラグドールの子猫にどう接していいのか分からず困り果てた私は、フラワーエッセンスを買って子猫に塗ってみたりもしました。

でも、彼女とは心の距離がどんどん遠くなっていくような気がして、いっそ、手放してしまった方がいいのか?キャッテリーさんに返した方がいいのか?とさえ考えるようになっていったのです。


そんな私が、ある日、ふと思いついた。

それは、私がメンタルケアの仕事の中に取り入れている「ヒューマンカラー診断」なのです。

これは、その人の個性を知るためのもので、確か、ペットにも有効だと……

今度の猫は誕生日が分かっているから、いけるんじゃないか!?と思いました。

そこで調べてみると……

今度の猫がどうして下痢続きだったのか、どうして狂暴なのか、分かったのです。


なので私はその日から、自分自身が「コミュニケーションリーダー」となり、子猫の個性に合った接し方をしました。

それは根気のいる、私自身との戦いでしたが。

きっと、猫飼いキャリアの長い人にはすぐに分かったことかもしれません。

でも、人間の子育てさえしたことがない私ですから、新しく迎えた家族に、どう関わっていいのか分からなかった。

私は「ヒューマンカラー診断」による個性分析をもとにし、まずは子猫が「異常なほど怖がり、ビビり」であることを尊重し、彼女の方から近づいてくるまで一切手を出さないことを徹底しました。

ただ、無視はしません。

声掛けだけして、触らない。

こうして半年ほど経ったころから、彼女自ら近づくことが増え、名前を呼ぶと返事までしてくれるようになったのです。


彼女は「ヒューマンカラー診断」で分析される個性のままの存在であり、飼い主の私同様に、ストレス耐性が低いのでした。

数日間フラフラしたり水をがぶ飲みしておかしいな? と思って獣医さんに診せると、「何か怖いことがあったんだろうね」と言われ、精神安定剤を打たれました。

私が昼間派遣の仕事に行き始めると、過剰グルーミングで太ももから足にかけて丸ハゲにしてしまったり。

なので、彼女が11歳になった今でも、ひとりで留守番させることは心を痛めるわけで。


「ヒューマンカラー診断」で分かる彼女の個性は、「相手とは一定の距離を保ちながら同じ空間にいることを好む存在」です。

「平和主義で争いを好まず、静かで温和な生活を望む存在」でもあります。

ですので、私が父親と口喧嘩を始めると、必ず足元に来て激しく鳴いていましたし、パニックのように走り回っていました。

そうなると私も、ケンカをやめざるを得ませんでしたね。


ペットなどの動物は、人間の言葉を話せません。

彼らとは、言葉でのコミュニケーションができないのです。

でもそれは、人間同士でも言えること。

言葉にしなければ相手に伝わりませんから、コミュニケーショントラブルは必ず起こります。

ですから、「相手の個性を知ろうとすること」から始め、「相手の個性を知って、受け入れる」ことが、コミュニケーショントラブルを減らすコツだと思います。

そもそも私たち人間は、「理解し合えない生き物」なのです。

最初から上手くいく関係などほんのわずかで、ほとんどは、自分を理解してもらうための努力と相手を理解しようとする努力の積み重ねが、必要ではないでしょうか。

私は、相手を知るためにヒューマンカラー診断や心理学を使いますが、そういった手段も個々で違っていいと思います。

相手のことが「理解できない」「仲良くなれない」と、常に受け身でいるのではなく、自分から動いてコミュニケーションリーダーとなることをオススメします。

今ではストーカー(笑)