類友の法則。その相手は自分が引き寄せたもの?

「類は友を呼ぶ」

これは真実だと言えるでしょう。

私は自分が人間関係の問題に関わり、傷つく度に、思います。

その相手は自分自身が引き寄せたものなんだと。



例えば、日頃から不平不満を口にしては愚痴ってばかりいる人がいます。

こういう人の周りには、やはり同じように、不平不満を愚痴る人たちが集まります。

自分が傷ついたり不快な思いをした時は、つい被害者意識が強くなり、相手のことを責めたくなりがちですね。

でも、もしかしたら、その相手は、自分と「類友」ではないか?

と、考えてみたことはありますか?

相手の悪いところ、気に入らないところが、自分の中にはないか?

平気で相手の悪口を言っているけれど、実は自分も似たようなものじゃないのか?


人間の目は外の世界を見るためについていますから、自分以外のもの、形のある物理的なものはよく見えます。

でも、自分の内側、目に見えない心や意識、思考などは、見えない。

だから私たちは他人を使って、自分自身を見るようにできているのです。


目の前にいる他人は、自分自身の投影です。

ですから、「類友」として引き寄せられた、自分自身と同じもの。

この「類友」「引き寄せ」は、「自分自身を知るためのもの」として、私たちの前に現われる他人です。


損得勘定ばかりする人の周りには、やはり、損得勘定ばかりする人が集まります。

「損か、得か」で関わり合いますから、自分が「得」だと思うことしか動きませんので「損」だと思う事には協力しません。

他人を利用して得することばかり考える人の周りには、他人を利用して得することばかり考える人が集まり、互いに互いを利用し合う。

ですから、利用価値がないと思われる相手には、見向きもしないでしょう。

見栄っ張りの人の周りには、見栄っ張りの人が集まり、見栄の張り合いをして競います。

ネガティブなことばかり言う人の周りには、ネガティブなことばかり言う人が集まります。

ポジティブなことを言う人の周りには、ポジティブなことを言う人が集まるのですよ。


それらはすべて、「類は友を呼ぶ」「引き寄せ」です。

「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがありますが、他人の欠点や失敗を笑ったり責めたりする前に、「そういう自分はどうなのか?」と、一度自分に意識を向けること。

そうすることで、他人にあるものが自分にもあると分かれば、悪口も言えなくなりますね。


自分が変われば周囲も変わるというのは、この「類友」と「引き寄せ」の影響なのですよ。

自分がポジティブで、笑顔でいれば、自然と周囲にそういう人たちが集まるでしょう。

他人を批判して攻撃する前に、笑ってバカにする前に、「そういう自分はどうなのよ?」と、自分を見るくせをつける。

これが、何よりの成長のもとではないでしょうか?


他人のせいにして自分を見ない人は、いつまで経っても成長しません。

同じ失敗を繰り返し、いつも同じようなことで嫌な思いをするわけです。

そして、それも他人のせいだと責め、自分を見ない。

その繰り返しを、いつまで続けますか?


「人は鏡」です。

「類は友を呼ぶ」「引き寄せ」で、私たちの目の前にいる他人は、自分が成長するための大切な人たちなのですね。



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