「できる自分」を認めて、他人をあてにしたり期待をしない

私事ですが、少し前から、認知症の母親のことでけっこうゴタゴタしていました。

そのせいでメンタルも不安定になり、ちょっと辛かった日が続いたのですけど。

なんとか復活して今は絶好調。

ここに至るには、「自分のやり方(自分スタイル)」と、「できる自分」を思い出して認めた自分がいました。


2年間精神病院に入院していた母親が現在の施設に入所し、たった4ヶ月で退所する羽目になったこと。

それは、いったい私の何かいけなくてこうなったのか?

考えないわけにはいきませんでした。

同じ失敗は繰り返したくない。

だから、ちゃんと自分と向き合って答えを見つけたかった。

そこで、気づいたのです。

「辛いことは自分だけで抱えずに人を頼ろう」と、自分自身に言い聞かせてきたのですが、それがいつの間にか、「辛いことは自分だけで抱えずに人を頼らないといけない」とする「縛り」になっていたことに。


元々の私は、「人を頼らない」性分です。

人を頼れない状態で生きてきた、とも言えるでしょう。

人やネットから知恵を借りることはあっても、手を貸してもらえることはない。

特に家庭の中では、人間相手でもペット相手でも、「労働力が自分しかない」といった状態で生きてきました。


私は、そうやって「ひとりで対処してきた自分」を思い出しました。

そして同時に「ひとりで対処できた自分」の存在も。

……そうだった。

私、できるんだった。

ちゃんとひとりで結果が出せるんだった。

なのに、何を甘えたこと言ってたんだろ?


さらに気づいたことは……

私にとって「人を頼る」という目的が、いつしか「人をあてにする」になり、その結果「(その相手に)期待する」になっていたことでした。


人をあてにしたり期待したりすれば、その通りにならなかった時に、ガッカリ感や怒りが発生するでしょう。

いつも自分ひとりで物事に取り組んできた私には、「誰も助けてくれない。自分だけで対処しないとならない」といったプレッシャーや孤独感はありました。

しかし、誰も助けてくれないのが当たり前だという諦め感があったためか、人をあてにする、期待するなどの結果として起こる、ガッカリ感や怒りは無かったと思います。



今日このブログで伝えたいことは、「人を頼らずに何でもひとりで対処しろ」ではありません。

人を頼らなくても「できる自分」を認めて、「自信を持つ」こと。

そして、「自立」した人間は、人を頼りながらも、「あてにしない」「期待しない」こと、です。



人にはそれぞれ「自分のやり方」というものがありますから、ひとり仕事の方が向いている人が他人と作業しようとすると、問題が起こりがちです。

ですから、人を頼らずに自分ひとりで頑張る方がいいことと、人を頼って助けてもらいながら頑張る方がいいことと、使い分けたらいいと思います。

それに、「人をあてにする」「人に期待する」は、すでに「依存」の域。

物事には主体性を持って取り組み、それぞれの役割の責任を負うことを考えて行動できたらいいですね。


大丈夫。

ちゃんとひとりでも、できるから。

そして、誰かと一緒の時には、あてにしない。期待しない。

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