グレーな解決。曖昧なままでいることもアリ

相性が悪い相手は、どこにでもいます。

どうやっても理解し合えない、常に不満だけを抱える相手。

それが他人であり、「取り換えることができる相手」ならいいのですが、親子や兄弟姉妹などの血縁者は、取り換えることができない厄介な関係です。


私は母親が嫌いです。

母親には私自身を理解してもらえず、どんなに尽くしても愛されることのない相手でしたから。

でも、そんな母親が認知症になり、もう、誰のことも分からなくなった今、それでも憎しみは消えない。

親子であるがゆえに、この感情から解放されずにいるのです。


私は短気だし、物事は白黒つけたがる性分です。

何より、自分が納得しないと動けないタイプで、その方向性を定めるために、相手と深く関わろうとして失敗します。

相手の本質を知ることで、「どう関わるか?」を決める。

そういう人間関係の構築の仕方をしてきました。

しかし、ここ最近、それは損なことでもあるな、と気づいたのです。


「白黒つける」ということは、「関わるか、関わらないか」のどちらかにするということ。

ですが、相手が血縁者の場合、「関わらない」が難しくなります。

どんなに嫌いでも憎くても、介護が必要な母親を放置するわけにはいかない。

なので私は、自分のコミュニケーションスタイルを、ひとつ増やすことに。


私の「白黒つける」は、「感情」によるものです。

「好きか、嫌いか」で、決める。

でも、それだけのコミュニケーションではうまくいかないので、その「白」と「黒」の間の「グレー」を取り入れることにしました。

「白でもなく、黒でもない」=「グレー」な関係。

それはとても曖昧で、少々居心地悪い感じですが。


しかし、人間関係なんて、この「グレー」がほとんどなんだと思います。

そこにある感情を無視したり、抑圧したりしろ、というわけではありません。

「嫌い」なら嫌いでいいのです。

「分かり合えない」なら分かり合えないでいいのです。

その「嫌い」なまま、「分かり合えない」まま、そのままで関わる。


「心」を脇に置いて関わることは、最初はちょっと大変でしょう。

ですが、そこも訓練でなんとかなるもの。



私はわりと二面性があり、「心」を脇に置いて顔だけ笑うことが得意です。

いつも正直な自分のままでいると疲れてしまうことも事実ですし、悪意を放ってくる相手から身を守るには、「演技」も必要だと思います。

自分の「心」まで騙すのではなく、相手だけ騙す。

こうして、グレーなまま、「タテマエ」を使ってうまく関わり続けることは、社会人として必要なスキルなのかもしれないって思います。

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