「人が信じられない。人が怖い」愛着不安を抱えていた私は

あなたには、何でも話せる人がいますか?

心の支えとなる人がいますか?


先日、こんな本を買いました。

『愛着障害 子ども時代をひきずる人々』

精神科医の岡田尊司先生の著書です。

実はこれ、「自分の中の劣等感」からネットサーフィンしていて辿り着いたもの。

この本を読み、まるで私自身を主人公に書かれているような、「え?まさに私のことじゃん」といった感覚を得ました。


子供のころの私は、常に親から否定され、批判され、疎外されていた記憶しかありません。

親にとって私は、「理解できない。扱いにくい。好きではない」子供だったようです。

そのため、「自分らしさのままで生きると親に愛されない」と学んでしまった私。

年を重ねて成長はしたものの、親との間で学んでしまった「対人スキル」は、社会に出てもそのまま使うことになりました。

その結果、「人が信じられない」だけでなく、「人が怖い」と思うようになり、人といると常に緊張して消耗してしまうといった人生を送ってきたわけです。


ですが。

この本を読み、そんな風に生きてきた私にも、今は、ちゃんと私を受け止めてくれる存在がいたことを、改めて確認させてもらえました。

親との間で、うまく愛情のやり取りができなかった私に、親代わりとなって愛情と信頼を与えてくれる人がいる。

そういった存在を、この本では「安全基地」と表現しています。


50歳を過ぎ、こんなことをブログに書くのはどうだろうか?とか、ここまで自己開示してしまうことに恥ずかしさを感じないわけではありませんが。

長い間、「人が怖い」「人が信じられない」とする人生を生きてきた私にとって、「どんな私でも嫌われない」という相手は、無くてはならない心の支えです。

それが、我が親友。

彼女にだったら、どんなに暗くて深い心の闇もさらけ出せる。

そこにある信頼は、友情という言葉では語りきれない強さと確かさなのだと思っています。


ただ、ひとつ言いたいことは。

そんな関係性の構築には、「親」と「子供」の「子供」のように、ただ「親」から愛を与えてもらうばかりではなかった、ということです。

オトナになってから求める「安全基地」作りには、自分自身も相手を信用し、自己開示して頼っていく必要があると思うのです。

「人が怖い」「人が信じられない」といった心に闇を持つ私が、勇気を出して関わった結果、手に入れられた素晴らしいもの。

それが現在の、親友との関係性です。

ですから、「愛着不安」という障害を抱えて生きる上で、まずは自分自身が親との関係性の中で愛情をやり取りできなかったことを認めて受け入れ、「安全基地」となる存在を探していく。

それは、いくつになってもできる、遅くはない、と思うわけです。


そういう私も、相変わらず人は怖いですし、誰でもかれでも信用するわけではありません。

でも、社会に出て消耗する自分をエネルギーチャージできる場所=安全基地、があるという事実は、「人が怖い」「人が信じられない」など些細なこと、とさえ思えるもので。

劣等感の強い私の言動、私という存在を、親友は決して否定せず、常に肯定してくれます。

そんな、「どんな私でいても大丈夫」と思える存在が私にはいたんだ、と思えた先日……

仕事で失敗して凹んでいた私は、どこかに消えてしまいました(笑)



残念ながら、私のように愛着不安を抱えたままオトナになってしまった人は、今更親子関係をやり直せませんよね?

ですので、今からでも遅くない。

「なんでも話せる相手」を見つけることをオススメします。

もちろん、もともとが「人が怖い」「人が信じられない」といったベースでしょうから、簡単ではないはず。

それでも、チャレンジする価値はある、と私は思います。

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