うーん。儲かりません。私は何のために働いているの?

私事ですが。

昨日の午後は、確定申告の準備をしていました。

家族の分、自分の分。

数字、苦手なので、けっこう大変です(笑)


で、金銭出納帳を付け終わり、そこにある収入と支出のバランスを見て……

うーーーん。まったく儲かってないじゃん。

と、改めて実感。


思うのです。

確かに私のライフワークであるメンタルケアの仕事は、60分5.000円、とライスワークでしている派遣の仕事より、時間給にしてみて高額です。

でも、毎日メンタルケアの依頼があるわけではない。

それに去年は、自宅の一部をカウンセリングルームにするための費用など、活動した分の経費はそれなりにかかっているのです。


以前、もう何年前のことかも忘れてしまったくらい前のことですが、カウンセリングルームとして市外で部屋を借りていた時、その家賃が払えずにコンビニでバイトしたことがありました。

その時、そこのスタッフの女性の1人から、「カウンセリングっていくらですか?」と質問され、私は「60分5.000円です」と答えたのですが。

その女性の、「ふーん。5.000円ももらってるカウンセラー先生が、どうしてこんなところでバイトしてるの?」と、ちょっと嫌な言い方されたことを覚えています。



私は一応、「ライフワーク」という表現はしているものの、メンタルケアの仕事は道楽でできるほど甘くないと思っています。

お勤めの人とは違う形での努力、違う形でのお金が必要ってだけのこと。

しかし去年かけた経費の内容を見て、反省すべき点は多々ありました。

それは、「使わなくてもいいところへ使ってしまったな」ということでした。

結果的にお客さまのためになる部分に経費を使ったのではなく、関係者へのご機嫌取りで使ったお金が多かったと思います。


これは、とある店のオーナー女性が言っていたことですが、「お店に来てくれるお客さまが幸せなのが、私の幸せ」って。

そう言って彼女は、自分の店を利用するお客さまたちに、商品以外で様々なサービスをしていました。

ですが、私はこの時、思ったのです。

それって逆で、「お客さまが幸せなら、私は幸せ」ではなく、「私が幸せだから、お客さまも幸せ」じゃないの?と。


確かに、お客さまの幸せ(顧客満足)は、私のような仕事をしている者にとっては大事なこと。

でも、自分の身を削ってまで奉仕することには、少々反論あり、です。


これと似たようなことが、お母さんと子供の間にも起こりやすい。

お母さんは、「子供のため」と言っては子供を優先し、自分の満足は後回しにする。

これが悪いと言っているのではありません。

母親の愛はそういうものだと言われたら、子供のいない私には何も言えませんし。

でもね、自分から溢れ出す愛情が、他者を満たすのだと思うのです。

これは、マツダミヒロ氏の「シャンパンタワーの法則」です。

シャンパンタワーの最上段にあるシャンパングラスを満たせば、溢れ出たシャンパンによって、その下段にあるすべてのシャンパングラスは満たされていく。

その最上段にあるシャンパングラスこそ、「自分」なのです。



私たちはみんな、何(誰)のために仕事をしているのでしょうか?

子供や家族のため、でもいいと思います。

でも、自分を最優先できない人は、誰も守れないのではないか?とも思うのです。

本当に大切にしたい人のため、大切にしたいもののために働くのだとしたら、まずは自分自身を最優先できることが必要。

目先の利益だけに囚われず、自分が働く本当の目的を考えてみることも、時には必要なのかもしれませんね。

そして、その目的を確認したら、それに対して不必要なものは切り捨てる勇気を持つこと。

これ、去年分の金銭出納帳を見た、私の痛い気づきでもあります。




ちなみに、過去の私は、「カウンセリングルームが無ければお客さまには来てもらえない」とする思い込みに囚われていたのです。

そこで無理をして部屋を借り、カウンセリングルームを作ったのですが、結果は、家賃支払いのためのバイト三昧の日々。

バイトで疲れてカウンセリングができない状態に陥り、これぞ本末転倒、という痛い経験でした。

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