返事は「YES」&「NO」。「NO」を言われて傷つかないで

貴女は、相手に「YES」だけを求めていませんか?

「NO」を言われたことで、傷ついていませんか?

 

 

昨日のこと。

用事があって、ある女性に会いました。

その女性は個人事業主として、化粧品販売やエステをしています。

お互いに「自ら集客していかなければならない辛さ」を、少々分かち合ってきたのですが(笑)

 

彼女、お客様に対して、自分から自分の商品やサービスのアピールをするのが苦手らしい。

話を聞いていると、それはお客様にだけでなく、周囲の人たちに対しても同じような傾向があるようでした。

 

一言で言うと、彼女の印象は、「控えめ」な人。

お金に対するギラギラした欲も見えないし、「私が私が」というような自己顕示欲も無い。

 

そんな彼女ですから、とにかく、お客様に声掛けしたり自分から積極的にサービスを売り込むことが苦手なのですね。

 

でも、それは私も同じです。(控えめな人ではないですが・笑)

声掛けして断られると、自分自身を全否定されてるような、全部拒否されてるような気持ちになってしまう。

ですから私も、ホームページだけ出して、あとはメールフォームで申し込みや問い合わせが来るだけ…にしたい(笑)

人と会話しなくてもいいなら、その方がいいって思ってます。

 

でもねー、そんなわけにはいかないのよねー。

って、彼女とも話したわけで。

 

けど昨日は、会話の中で彼女のメンタルブロック的なものを発見した私。

それを彼女に伝えてみました。

 

「ねぇ。Aちゃんは、相手からもらう返事を、自分の中で『YES』だけにしていない?『YES』って決めてない?」

 

すると彼女、目をまんまるくして、私を見ました。

 

さらに私、「相手にも、『断る権利』があるんだよ?」と言うと、彼女は明らかにハッとした様子。

 

「…そうだよねっ!やだ、私、分かったっ!」って彼女。

 

 

これは、コミュニケーションスキルである「アサーション」の中でも学べることですが、私たち人間は、相手からの要求に対し、「YES」と「NO」の両方を答える『権利』を持っているのです。

なので、商品やサービスを購入してほしい私や彼女の声掛けに対し、お客様が断ってくるのは当然のこと。

 

先日もそうですが、プレミアムフライデーのイベントのチラシを作って配った分だけお客様が来てくれるわけではありませんよね。

例えチラシを見てもらえても、持ち帰ってもらえても、その日に来店してくれるかどうかは、お客様の都合で決まるもの。

来店してもらえないのは、そのイベントが否定されたわけでもなく、チラシを作って配った私が否定されたわけではなく、お客様が「NO」を言う「権利」を使っただけのこと。

 

 

昨日私が会って話したエステティシャンの彼女は、自分の声掛けに対してお客様や周囲の人たちに「NO」を言われるのが嫌で、集客には消極的だったのです。

でも、自分自身だって「NO」を言うのだから、他人の「NO」も受け入れてあげなきゃ。

最初から「YES」の答えだけを相手に期待していたら、「NO」を言われた時に傷つくのは当然でしょ。

 

私たちには「権利」として、「YES」と「NO」の、どちらの返事も許されています。

ですから、「NO」を言われること、「NO」を言うこと、を恐れずにコミュニケーションしたいですね。

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「言いたい」?それとも「伝えたい」?

人間の言葉は、「ツール(道具)」です。

ですから、「上手く使えるか?使えないか?」は、小さくない問題かもしれません。

 

コミュニケーションに苦手意識を持っている人は、この「ツールとしての言葉」が上手く使えていない人ってことでしょうか。

 

 

でも、私が考えるのは、「言葉を発する以前の問題」があるということなのです。

 

では、「言葉」というツールを使って、私たちは何をしたいのでしょう?

私もこうして、「言葉」を使ってブログを書いていますが。

 

思うのです。

「言いたい」と

「伝えたい」は

別物だな、って。

 

「言いたい」は、あくまでも「発したい」だけのことであり、相手のことは考えていませんよね?

でも「伝えたい」には、「相手」があり、それはコミュニケーションです。

 

「言いたい」のだったら、相手のことは考えず、自分の言葉で自分の口調で、自分の都合だけで言葉を発すればいい。

けれども、「伝えたい」のだったら、「相手のこと」を考える必要があります。

 

そこには、「自分の言葉を受け取ってもらうための努力」が必要ではないでしょうか?

どんな言葉を使ったら、伝わるのか?

どのタイミングで話せば、伝わるのか?

など、

「伝えたい」と思うなら、色々と考える必要がありますね。

 

もちろん、これらのことを「考えすぎ」て言葉に詰まってしまうことでのコミュニケーションが苦手な人もいますが。

 

 

「言いたい」のか?

「伝えたい」のか?

 

その目的に応じて、「ツールとしての言葉」を使っていけばいいのです。

 

なので私は、問題は「上手く使えないツール(言葉)」ではなく、その「使用目的」の方かもしれない…と、思うわけです。

 

伝えるのは「Iメッセージ」で(喫煙する友達とのこと②)

友達の喫煙に迷惑していた私は、彼女にそのことを告げることにしました。

 

でも、関係性を悪くしたくはない。

自分の事情を伝えたことによって、彼女との仲がギクシャクするのは嫌。

なので、彼女に伝えるには細心の注意が必要…

そう考えた私は、「どう言うか?」を考えた。

 

そこで、「Iメッセージ」を使うことにしたのです。

 

「Iメッセージ」とは。

「I」=「私」。

「Iメッセージ」とは「私メッセージ」とも言われ、「私」を主語にした「私の気持ち」や「私の事情」を相手に伝えるもの。

 

狭いカラオケボックスで何の遠慮もせず普通に喫煙する友達に対し、私は、「非常識だ」「タバコを吸う人は、吸わない人に配慮すべき」などと考えていました。

でも、それはただ、彼女をそうして「裁きたかった」だけのことなんです。

彼女を悪者にするため、理屈をつけていただけなんですよ。

 

ホントの気持ちは、もっともっとシンプルで、「タバコが嫌い」「タバコを吸われると嫌だ」「タバコを吸わないでもらいたい」でした。

だから、「Iメッセージ」とは、その気持ちをそのまま伝えるものになります。

 

相手に伝えるのは、「常識としてどうか?」などの「世間ではそれが正しいと言われていること」ではなく、「自分はどう思っているか?」「自分はどういう事情を抱えているか?」でいいのです。

 

私は友達に「Iメッセージ」を使って、自分の気持ちを伝えました。

するとその後の友達は、一緒にカラオケに行くと、店の外に出て喫煙したりロビーの喫煙コーナーで喫煙するようになったのです。

また、食事も禁煙席を選んでくれるようになりました。

 

 

人間関係は、難しいものです。

特にコミュニケーションは難しいですよね。

でもそれは、「あなたは間違っている。正しくない」と相手を裁くような発言をしたり、「あなたのせいでこうなった」と相手を責めるような発言をしたりして、相手を尊重しないスタンスで対話するからではないでしょうか?

 

人間は、裁いて責めてバカにしてくるような相手に、心は開きません。

「心を開かない」ということは、「耳も開かない」ということです。

ですから、「世間の常識」などと言ったものを盾にとって攻撃せず、ありのままの自分の心を相手に見せればいい。

 

 

「Iメッセージ」のコツは、「私」を主語にして話すことです。

「私は」「私が」と、「私」の事情や気持ちを話すことは、相手を攻撃することになりませんから。

 

「私はこう思う」

「私はこう感じた」

「私はこうだ」

「私はこうしてほしい」

と、「あなたは」ではなく「私は」で話すと、きっと、ちゃんと伝わりますよ。

 

 

「NO」を言わないと、「OK」になってしまいます(喫煙する友達とのこと①)

これは私の過去の話ですが。

ある女友達と仲良くしていて、たびたび一緒にカラオケに行きました。

喫煙者である彼女は、狭いカラオケボックスの中で、当然、喫煙します。

でも、タバコを吸わない私にとって、彼女の喫煙は本当にストレスでした。

 

そこで私はいつも思います。

「普通、タバコ吸わない人に気を使わない!?非常識だよね」

 

彼女と食事に行くと、座るのは決まって喫煙席。

とあるファミレスに行った時、入り口で店のスタッフに、「おタバコは吸われますか?」と聞かれました。

彼女は「はい。吸います」と即答。

 

…は?

私のことは気を使ってくれないの?

なんて自分勝手な人なの!?

 

しかし私は、そこで湧く怒りの感情を顔に出さないようにし、何事もないかのように振る舞って、案内されるまま喫煙席に座る…

といったことを繰り返していました。

 

 

やがて、大好きな友達だったはずの彼女なのに、彼女とはカラオケも食事も行かなくなってしまったのでした。

 

私は彼女が大好きで、彼女に嫌われたくなかったのです。

なので、彼女に対して「喫煙を遠慮してほしい」とは言えなかったし、「普通、分かりそうなものだよね」など、「察してほしい」と期待ばかりしていた…

 

…タバコを吸わない私のことなど全く無視して、きっと、私のことが大切じゃないんだ…

…ホントは、友達だなんて思っていないんだ…

そんなことを考えて彼女に対して不信感が募り始めてしまっていたのです。

 

 

でもある時、私はやっと気づきます。

「(私が)言わないから、(彼女には)分からないんだ」って。

 

ちゃんと言葉にして、「喫煙で迷惑している」ことを伝えなきゃ。

だって彼女は、私が喫煙を迷惑に思っていることを「知らない」のだから。

 

 

私が友達の喫煙に耐えていた結果、友達には「緋呂子さんは一緒に居る時に喫煙してもOKな相手」と思われていたのでしょう。

「NO」を言わなかったから、「OK」だと思われてしまっていた、ということですね。

 

「伝える」ことは、「知らせる」ことです。

「OK」ではなく「NO」なんだと、相手に知らせてあげる。

 

このことに気づけたことで、その後の私のストレスの形は少しづつ変わっていきます。

 

 

ホントは「NO」なのに「OK」だと思われているのは嫌ですから、そこは勇気を出して「NO」を言う。

最初はちょっと覚悟が必要ですが、やってみる価値はありますよ。

それは「境界線」の問題

私がメンタルケアの仕事をするようになる前は、人間関係のトラブルだらけでした。

もちろん、メンタルケアの仕事をするようになってからトラブルがないわけではないですが。

 

それらのトラブルの中には、印象深く、記憶に鮮明に残っているものがあります。

 

その中の一つのトラブルによって、私は、ある本と出会います。

 

そこに書かれていたのは、人と人との間にある「境界線」の重要性、必要性、その扱い方でした。

「人間関係を円滑にするにはどうしたらいいか?」を教えてもらえた本です。

 

人と人との間には、目には見えない「境界線」があり、その「境界線」を正しく認識していない、正しく使用できていないことで、私たちは問題を抱えます。

その「境界線」とは、「責任」のことでもあるんですよ。

 

考えてみてください。

もし今、何かしらの人間関係のストレスを抱えているとしたら?

仕事、家庭…  抱えている問題をちょっと考えてほしい。

 

ではそこで、「境界線=自分の責任の範囲」を明確にしてみましょうか。

それには、その問題を客観的に見ることが必要です。

 

他人の問題なのに、「境界線」を越えて介入していないか?

また、自分の「境界線」の中=「責任の範囲内」でありながら、誰かに責任転嫁したり責任逃れをしていないか?

 

関わらなくてもいいことに関わり、ストレスを抱える。

関わらなきゃいけないのに、問題から目を背ける。

 

私たちには、目に見えなくても、ちゃんと「自分の敷地、領地」のようなものがあり、その中でのみ動けばいいだけのことです。

その「境界線」を無視するようなことをするから、相手に攻撃されたり、相手の問題を押し付けられたりする。

 

目に見えないものは、扱いにくいもの。

ですが、人間関係の問題を抱えた時、「どこまでが自分の責任範囲かな?」と少し考えると、意外に早く解決できるのだと思います。

「偽善」

「良かれと思って」

その行為に、「下心」は入ってませんか?

 

「偽善」とは、「愛のない善いこと」だと思います。

「~してあげたい」と心から思っていない行為は、すべてこの「偽善」になるのではないでしょうか?

 

「偽善」は「補償行為」ともよく似ています。

 

「偽善」という言葉を検索したところ、「ごますり」という言葉が記載されていました。

そうですね、確かに、「ごますり」はしていますよ(笑)

無自覚・無意識だから厄介ですが。

 

 

「良かれと思って」の裏側に、「よく思われたい」の「下心」が張り付いていないか?

たまにはチェックしてみることも必要ですね。

「笑わない人たち」

昨日、とある場所に出掛けて、そこにいる方々を見た時、強い違和感がしたんです。

その理由を考えてみたら、分かったことがありました。

「笑顔」の有無なんですよね。

 

私、人と接する時には、それがコンビニのレジの支払いでも、笑っているようです。

会話の最中だけでなく、わりと、ほっぺのお肉が上がっていることが多いって思います。

もちろん、無意識で、ですが。

 

昨日、「あれ?ここの人たち、ちょっと変かも?」と感じたのは、やはり、そこに「笑顔」が無かったから。

明るい部屋の中は窓が全開され、暑いくらいの風が通り抜けていくのに…

なんだか、その場の空気が暗い。

 

性格的に明るい人って、お得だと思います。

初対面の方でも、「あっ、この人、いい感じだな」と感じるのは、朗らかで笑顔が素敵な人。

同じセリフを話すにも、笑って話してくれると違いませんか?

事務的にブスっとした顔で対応されるとイラッとする時もあったりで、笑顔って大事だな、と思うわけですが。

 

でもね、私も、笑えない時ってあります。

気持ちが沈んでいる時は、笑えないでしょ。

人間、楽しくないと笑えない。

幸せ、とまではいかないけど、心に余裕が無い時は、笑えない。

 

だから、いつも笑っていられる自分になりたいな、と思います。